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くちなしの会

 書道家の茜は、いつも和服で過ごしている。大正ロマン風であったり、40才の年齢より遥か上の人が着る様な地味な柄や色だったり、どきっとする程派手な花柄を大胆に着こなし、周りの主婦達を楽しませてくれている。決して美人ではないが、文化性のある自己主張のオーラーが感じられる。社交性もあり、羨ましいと憧れる主婦もいる。瑞恵もその中の一人で、彼女達との今日のティータイムも結構盛り上がっていた。
 4LDKに住む茜は、主人と二人暮らし。家の中のすべての壁には、自分の作品を飾りギャラリーにしている。年に一度自宅で個展をするのだが、口コミで年々お客は増えている様だ。
女性にとって人の家の中を拝見出来る事は、とても興味があり、センスの良い生活振りを、真似をしたり、アイディアーを盗めるのも女心をくすぐる。その上、墨の匂いは癒しの効果があり、書に囲まれると、心が落ち着く。ゆったりとした気分になれる事が、自宅展の魅力だと人は集まってくる。そんな訳で結構ファンもいて、作品が売れている。子供達に書道を教える傍ら、時々画廊でも作品展をしている。それだけの収入で、あの様な贅沢な暮しが出来る訳ではない。とすると主人が、かなり高収入なのね。と周りの主婦達は噂をしている。でも誰一人としてその主人を見た人がいないのだ。

 子供を書道教室に送り込んだ母親達は、お茶に誘いあって、茜の正体を突き止めようとする想像の話で盛り上がる。
「あの先生賢い方だから、本当は主人がいないのと違う?」
「女一人だと世間からなめられるから、主人と言っているだけ。」
「誰かの愛人かしら? 宝くじが当たってそれを株で増やし続けているかも」
「株って、そんなに確実に儲かる訳でもないでしょう?」
するとショートヘャーの主婦が言った。
「それは貧乏人の考え方よ。纏まったお金があれば、結構生活費位は確実に儲かるらしいよ」
「纏まったお金ってどれ位の事を云うの?」
「私は知らないけど、株に詳しい友達に聞くと、1億円もあれば、1%でも100万円でしょう? 小まめにやり取りすれば、1年に1千万円や2千万円は、軽いらしいよ」
「へえ~。ある所には集まる様になっているのね。羨ましい! 」

「ハハハハ」
「ハハハハ」
人の噂は楽しいものだ。その話が独り歩きして、金額が倍々に膨らんで行くのだと瑞江は思った。
「この中の誰かが何処かで、この様に噂されているとしたらそれは許せないわ。止めましょう! 関係のないものには、面白いけど、される身になれば、一つのいじめみたいなものよ」とブレーキがかかった。
「女流作家が3人で〈くちなしの会〉って作っているのだって。そこでは人の悪口、腹の立つ事なんでもOK。でもその会から一歩でも外に出たら、一切口外禁止と言う決まりなのですって」
「でもそれって、一人でも掟を破ったらえらい事やね! ああ怖い!!」
「ハハハハ」
「ハハハハ」
今日も幸せな主婦達は、子育てと言う大義名分を片手に、陽だまりの中で、平和ボケになって行くのであった。

-fin-

【課題】 「夏の夜の女の話少し嘘」

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