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天の岩戸

 一代決心の末世界一周の船旅に出た。日ごとに人間模様が見えてくる。
 乗組員も乗客も必ず挨拶を交わす、和やかな雰囲気だ。食事に同席した人達とも
「贅沢な世界ですね」と、それぞれが満足している様子。10日も経てばその満足感も当たり前になりボツボツ不満が出始める。
 退屈させない様に色々な催し物が企画されている。ダンスや編み物など様々な教室が開かれていたが、人気のある教室には参加出来なかった人がもっと教室の開講数を増やせと詰め寄る。他にすることが無い訳ではないのだが自分の好みを押し通す。
 食事も毎日メニューが替り、和食の頻度が多い事に最初は贅沢な事だと思っていた人も「もう少し薄味に、もう少し甘みを増して欲しい」等と、要望する。
 〝船旅は癖になる〟と、良く聞く話だが、実際乗ってみて毎年乗っている人や、2年に一度乗っている人を、目の当たりに見ると住む世界の違いを感じてしまう。
 船長も道化師宜しく乗客と一緒になって遊ぶ。まるで子供がお父さんと一緒になって遊ぶ様な空気で大いに盛り上がる。

 104日の長旅故、足りない物があれば困ると思って日常使っている諸々を持ち込んだが、何一つとして必要はなかった。ヘルスメーター、日本茶、スリッパ、和菓子、洗剤、化粧品、本等々。

 乗客500人中一人参加が100人を占める。私もその中の一人だが自立している人が多い様だ。熟年、いや老年ロマンスも生まれ、逆にそろそろ夫婦喧嘩も出始める。女性で酒に酔ってぶっ倒れる人もあり傍観者としては結構楽しい。
 航海中ダンス、ブリッジ、編み物、朗読、囲碁、ワインや寄港地の歴史等の講演会等々、多方面にわたっての教室があり、どれも興味をそそられる。
 私は部屋で絵を描き、文章を創り本を読むと言うゆったりした時間を過ごしたかった。だが心が乱れる。つい誘惑に引き込まれる。
 ブリッジやダンス教室を選ぼうものなら、1日休んだだけでも、ついて行けなくなる。何でもやりたい〝たいたい族〟の私には、どれを諦めるかの選択が難しい。
 夜は夜で、毎晩、クラシック、シャンソン、ファド、ジャズ、落語、曲芸、マジックショーが開催される。

 非日常と言うものは数日間が良いのだろう。
30日も100日も続くと、疲れ果ててしまう。
 身の丈に合った日常の生活が、一番幸せなのだと思いつつも。天の岩戸の中で、その扉が開けられない事を祈っている今日この頃である。

船中にて       

-fin-

2015.6.1

【課題】 非日常

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