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強い願い

 新婚間もない明子が、一人で夕食を済ませ、バラエティーの番組を見ている時だった。
家の電話が鳴り、静岡の警察からと知り、動転してしまった。
それも夫の大介が事故に遭ったと言う事だったから。
病院の住所と電話番号だけを聞き、新神戸駅の最終の新幹線に飛び乗った。

 長距離トラックの運転手をしている25歳の大介は、元気に手を振って出かけたのは、昨日の朝だった。何の心配もせず送り出したのに、何故、何故の疑問が頭の中を駆け巡る。
どんな事故かどんな状況かも聴く余裕もなく、なんて私は馬鹿なんだろうと思いながら、一つ空いていた席を見つけてやっと心を落ち着かせた。

 昨年身内のいない私達が、友達に祝って頂いたパーティーを想い出していた。大介は8才の時に、病弱だった母が亡くなった。その時父から言われた事がある。
「大介おまえは男だ。決して泣くんじゃないぞ。母さんが空から見守ってくれているんだからな」と。彼は大きく頷いて、父と指切りをしたのだった。
 
 その2年後、あの阪神淡路大震災で長田の家は潰れ父の体で守られて、大介は幸いにも無傷だった。父は打ち所が悪く被害者の一人になってしまった。その時大介は⒑才ながらも父との泣かない約束を、しゃくりあげながら〈泣かない!泣かない〉と言い続けた事を、語ってくれた夜があった。明子はその話を聞いた時、彼を愛おしく、頼もしく抱きしめずにはいられなかった。そんな大きな約束を守れる彼は大物だ。私の伴侶にするには、間違いない人だと、迷うことなく、彼のプロポーズに答えたのだった。

 乗客は皆眠たげに目をつぶっているが、明子はまんじりともせず、大介の無事を祈った。以前こんな話を聞いた事がある。
意識不明でも、目を覚した時、怖ろしかった事故の事等覚えていなくて、元通りの生活をしている人があると言う事実を。
明子はそのイメージを自分の脳に描き続けた。心配な事には違いないが、気味の悪い胸騒ぎがしない事が、良い兆しと両手を組み合わせ、周りを構わず祈っていた。
彼は結婚前に約束をしてくれた。
「君を悲しませる様な事はしない」と。だからだから、信じている。〈神様、彼の無事を彼の命を救ってください!〉

 真夜中の静岡駅は、寂しく不安が押し寄せた。病院に駆けつけた時、静まり返った病室に、包帯に巻かれた大介の腕が目に飛び込んで来た。顔には怪我がなく、寂しい笑顔を見た時、私は大声で泣いていた。
「有難う!有難う!」大介の瞳にもキラリと涙が光った。

-fin-

2010.1.11

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