top of page

私の相棒を愛そう

 もう20年も前になるでしょうか。ネイルショップがこんなに盛んでなかった頃です。ひょんなことから、神戸にあるネイルショップに立ち寄ったのです。店の造りもお洒落で、男性の40歳前後の先生と言われているその人に、爪のケアーをしてもらった事があった。テーブルを挟んで向かい合わせに座り、小さなクッションの様な枕の上に手を載せると、丁寧に肘から指先まで、マッサージをした後、まず爪の本来持っている艶を出すまで何種類かの布で磨いてくれた。それからマニュキアをして行くのだが、こんなに優しく丁寧に手を扱ってもらうことは初めてだった。ましてや男性に。その先生もなかなかのイケメンで、物腰も柔らかく、如才ない受け答えに、幸せの時間を満喫していた。思わず幸せのお裾わけをしたいと思って、
「至福の時ですね。お友達にもご紹介しますわ」と私は言った。
すると先生は
「いえいえ、ここは青希さんだけの、隠れ家屋にして置いて下さい。有難うございます」と返ってきた。私は一瞬拍子抜けをした想いだった。
「有難うございます。ぜひ宜しくお願いします」と言う言葉が返ってくると思い込んでいたから。「貴女だけのものにしておいて下さい」と言う、飛び切りのサービス手法もあるのだと、いまだにその時の場面が記憶に残っている。
その時言われた言葉がある。
「青希さんの手は、とても働き者の良い手をしてはりますね」どう解釈してよいのか、ずっと70歳を超える今まで疑問符として残っている。
 私は常々人と握手をする時、相手が女性の場合、柔らかい手、小さな手、細い指と感じる。男性の場合は、肉厚の手、ごつごつした手、冷たい手、荒い手と、色んな感じ方をする。
考えて見ると自分が感じるその反対を、相手は感じているのではないだろうか。そうすると自分より大きな手とか、ごつい手と感じる事が少ない私の手はきっと、女性にも男性にも、大きな手とか太い指と受け止められているのではないだろうか。

 昔年寄りが言ったものだ。長患いをしている病人が、自分の両手をしみじみ眺めだすのは死期が近づいていると。色んな事を知っている手、辛い時も幸せな時も、一緒に歩んで来た手。自分の人生そのものだからであろうか。

 そんな事を考えると、やはりどんな風に感じられている手でも、愛おしくなってくる。あの時言われた「働き者の手ですね」は、
サービス精神旺盛な先生が言った言葉だから、ごつい手ですねとか大きい手ですねと言うように、マイナスにとってはいけないのだろうな。今回の東北の被災者の事など考えると、長年コンプレックスに思っていた事が、ちっぽけな事と思える。むしろ華奢な手より、非常時にはきっと役に立つ事だろう。素直にプラスに取って見ようと20年もの間、私の中でくすぶっていた疑問符に終止符を打つ事が出来た。

-fin-

2011.4.1

【課題】 体の一部を取り上げて

bottom of page