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つながる音、つながらない音

 お見合いから帰って来た杏は、母につぶさに報告をするのだった。

 5年前突然父が亡くなったものの、祖父からの援助もあり、経済的には困っていなかった。銀行に勤めながらそろそろ母を安心させなければと、素直にお見合いの話には何度か臨んでいた。今回のお話も家柄は良く一流大学を出て、エリートコースをまっしぐら。商社マンとして7年が経ち、おまけに次男坊で身長は178㎝、趣味はゴルフ、スキー、音楽鑑賞、自らチェロを弾くと言う。ルックスも良く、俳優の渡辺謙ばりの逞しい顔立ち。杏は釣書きと写真を見た時から、小踊りしそうな思いだった。
 母もこの釣書きを見て、杏は父親がいないとは言え決して引けの取る様な娘ではないと思っていた。関西では名の通った私学の大学を出て、料理も上手く読書が好きで、やや頭でっかちな所はあるが器用に何事もすぐに受け入れられる性格に職場でも友人が多く、人付き合いは優れていると自慢の娘だった。
 最近のお見合いは、特別の介添え人がいる訳でなく、本人同士が食事をして、話し合い観察をすると言う形が主流らしい。

 スレンダーな28歳の木下杏(あん)と29歳の石川洋(わたる)は、高級フランス料理店で向かい合っていた。商社の営業マンだけあってワインにもそこそこ詳しく、ソムリエと一言二言交わして、白ワインが運ばれてきた。手を付けるのが勿体ない位絵画的に飾られたオードブルのお皿にしばし見入る杏だった。オフの時の過ごし方や、趣味や最近の映画と話は結構弾んでいた。だが杏の気になる事があった。惚れ惚れする位の洋(わたる)が、食事をする度に「ペチャペチャ」と食べ物の音を出すのだった。思わず「惜しい!」と叫びたくなった杏だった。と言う訳で
「100年の恋も冷めてしまったわ」と言うのが今日の報告だった。

 それを聞いて母は「プッー」と吹き出してしまった。と言うのは自分の昔を振り返って思い出したのだろう。
「父さんの事、想い出したわ」と母は杏に話し出した。
「母さんもお見合いをして次のデートの時、公園で父さんが鉄棒に飛びついたの。その勢いでおならが出てしまったのよ」
「うわぁ、恥ずかしい!」と杏。
「母さんも恥ずかしかったわ」と。でもそれからはもう平気で、ずっと母さんの前では〈ブー〉〈ブリッ〉〈ボッカン〉と、色んな音、いっぱい聞かされたわ」と二人は笑い転げた。
「でも、私はこのお話、きっぱり断るわよ」と杏は部屋へ消えていった。

「相性というものがあるのかね?」と一人呟く母。

「ごめん! 母さん!」と心の中で手を合わす杏だった。

-fin-

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