冬の星座
夫婦で創業した下着会社ではあったが、若者に未来を託そうと67歳できっぱり退いた。〈長年ご苦労さんでした〉のお祝いに秘書達が何かプレゼントをと、頭をひねったのだろう。
退職の日に、恭しくライセンスの様な賞状を渡された。
「有難う。でもこれって何?」といぶかる私に彼女は得意げに
「何所にもないものです。無い知恵を絞って、佳音(かのん)さんにぴったりのものを見つけました」。常務とか専務、社長、会長と出世魚の様にどんどん呼び方が変わって行く肩書きで、呼ばれる事を好まなかった私は、〈佳音さん〉と呼ばれていた。
「佳音さんのお誕生日の1月17日に毎年行かれるオーストラリアの空に見える星に〈ミズカノン座〉と名付けて登録をした、佳音さんの星です」と言うのだ。私は聞いた事もない話にきょとんとして、嬉しさをすぐに表す事が出来なかった様に思う。
「星座に自分の名前なんか付けるなんて、そんな事出来るの?」
「新種の薔薇に、自分の名前を付ける事も出来るのですよ。この薔薇の話はもうずいぶん昔からだそうですがね」と秘書は涼しげな顔で言う。
「へえ。そんな厚かましい事、誰がするのん?」。
「エリザベス王女様等もされているらしいですよ」
「成程ね。それはふさわしいわね」
阪神大震災と同じ日に誕生日を持つ私は〈又一つ自分のお誕生日の事を語れるものが増えたなあ〉と思った。
下の階のM君は、
「月と火星に土地を持っているらしいですよ」と、秘書は言う。思わず
「ほんまかいな?」と、貰った賞状を筒に入れて握ったまま、そっちの話に興味が湧いた。単位はエーカーで売り出していると言うのだ。
「ちょっと、ちょっとその話もっと聞きたいわ」
「ほんなら呼んで来ましょうか?」
「ふん、最後やし、呼んで来て」
しばらくすると、階段を息せき切って上がって来てくれた。
「M君、君若いのに、えらいお金持ちやねんてね? 今聞いたけど凄いやんか」
「いえいえ、ほんの2万円ですわ」
「安ゥ! それにしても、ようそんなもん買う気になったね?」
「ほんまやね」と、周りの者も不思議そうに〈ちょっと、変りもんや〉と言わんばかりに、彼が何を言い出すのだろうとM君の口元を見ている。
「いや~~ 宝籤買うより夢があるやないですか。曾孫(ひまご)から曾じいちゃんは 〝先見の明〟のあった人やねと言われるかも知れませんものね」
「成程!」とそれを聞かされたその場にいた数人の社員達は
「価値観の違いやね!」と、大きくうなずくのだった。私もその中の一人だった。
それにしても宇宙を売り物にする事を考え出す人がいる事に脱帽である。あくせく足元を固める商売をしている者にはまるで軍艦で攻めている所を飛行機が襲来した様な思いがした。
有り難く頂いた〝ミズカノン座〟をどう使えば良いのだろうかと思案にくれるプレゼントだった。
-fin-
2009年