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「もの申す」

 作法コンサルとして売れっ子の藍子は30歳。今日も仕事に向かうため身づくろいを整え、いつもより化粧も念入りにした。普通女性は男性に見せようと流行(はやり)の服を着たり化粧品にお金をかけたりするものと思っているが、女性と会う時の方が神経を使っていると言う事を世の男性達は知っているのであろうか。と藍子は一人にんまりしながら鏡に向かった。

 今日は新しく出来たスーパーマーケットの社員研修の日なのだ。藍子にこの仕事の依頼をして来た、右田(うだ)と言う男が結構今風お洒落な身のこなしを自然体でしているのに好感を持っていた。女性従業員の多い中で身に付けたものであろう。立ち振る舞いは結構どこへ出しても恥ずかしくない程の自信をつけている様だ。こんな社員がいると藍子も俄然やる気が起こって来る。

 この間懇意にさせて貰っている老婦人が、言っていた事を想い出した。
「今頃の若い人は、お釣を渡す時に大きいお札から5千円札を1枚、その上に千円札を1枚と数えて6千円、7千円と重ねて行き、最後にそれを逆にして5千円札が上になった状態で千円札が一番下に来る形で手渡されるでしょう?」
「ああ、そうですね。私もそんな風に指導していますけど」
「あれは、不便なのよね。私は大きいお札を奥にして財布にしまう習慣があるので気持ちが悪いの」
「あら、どうして?」
「だって、そのお札を又逆にして、財布に入れるのですが、後に並んでいる人が居たりすると、焦るのよね」
「成程!」と、藍子は〈確かにそうだなあ〉と思った。
 「何々でよろしかったでしょうか?」
これも気になる言葉であると言われた。「これでよろしいでしょうか?」で良いのではないかと言うのだ。言われてみればそうだと気が付く事があるものだ。何も知らない若者が教育を受けて言われた通り使わされている。若者に責任はないのに。
 「お聞きして良いでしょうか?」 
これも気になると言うのだ。相手が何か仕事をしている時などは、それで良いのだろうが、みすみす訊ねられる状態の時もそう言うのが丁寧だと思っているらしい。
「そんな時は、お訊ねしたいのですが、とか、お訊ねします」の方が、この忙しい時代、テキパキと事が進むと思うと、アドバイスを頂いた。

 若者のマナー等も私の様な作法コンサルタントから正しい事を指導して行けば、日本人としての奥ゆかしさも維持できるのではないかと思った。

 変な日本語の先生の震源地は、ひょっとして私達コンサルタントなのかも知れない。
 〈マニュアル通りでなく、状況を見て対応できる若者を育てて行きたいものだ〉と、颯爽と出かける藍子だった。

-fin-

2008年

【課題】 気になること

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