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子供になっちゃった

 夕暮れの頃、タイの高級レストランの大きな門の前に民族衣装を着けた紳士と女性が数人出迎えてくれていた。
 足元には数十メートルのレッドカーペットが敷かれ両脇にキャンドルが何十個も並んでいる。その道を正装の男性と美しい女性に案内されて私と友人の二人は芝生の庭のど真ん中にある大きな四角いテーブルに導かれた。テーブル脇のワインクーラーには高級そうなワインが冷やされている。料理が運ばれ美しい女性が笑顔で給仕をしてくれる。微笑みの国とも言われるだけあって彼女の笑顔は心を和ませてくれる。
 いつの間にか暗闇が迫り庭の奥にある石舞台でタイのミュージカルが始まった。日本の歌舞伎の様な出し物だった。贅沢にもそれは私達3人の為に演じられているのだ。お芝居が終わると役者たちが私達の傍に集まって来て、一緒に写真を撮ったり握手をする大サービスだ。彼らが退きデザートのマンゴが運ばれて来た。突然真っ暗な空に、白い提灯のようなものがすぅーと昇り始めた。
 それはチェンマイの「ロイカトン」と言う、人の背丈ほどの白い手漉き紙の提灯。蜜蝋の灯で気球に仕立てて空に放つのだ。邪気、悪い事を天灯に込めて空にふわりふわりと舞いあがる姿は実に美しい。筒状の中のランタンが放つオレンジ色の光はとても神秘的な光景だ。漆黒の空にオレンジ色の光、レッドカーペットの両側のキャンドルは滑走路の光のように揺らめいている。テーブルクロスの純白も幻想的だ。

「何で私ってこんな所にいるの?」と、われに返った。旅先でのショッピングから帰って、ディナーのお誘いに駆け付けた私と友人は思いがけないサプライズに呆然とした夜だった。取引先の社長が私達二人のために企画されたディナーだったのだ。門前に正装で出迎えて下さった紳士は、実はその社長だった。 
 私は下着会社を経営していて、販売員さんたちのやる気を喚起するためにいつも驚きと喜びを与える側にいたのだが、喜びを与えて貰うということの感動を始めて体験した。
 親が子供を喜ばせ、その喜ぶさまを見て楽しむように、人を喜ばせるということがこんなにも感動を与えているのだと再確認した。まるで子供にさせて貰った一夜だった。

-fin-

2017.7.1

【課題】 なんでこんなところに!?

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