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駐太の独り言

 僕はたった5台しか置けない駐車場の駐太だ。4歳のやんちゃ盛りと言われている。ここは阪急沿線の桜の花で有名な夙川駅のすぐ近くだ。駐太のお母さんも近くに住んでいるが、長い間僕の事を放ったらかしにしていた。

 ある日セールスマン風の男がお母さんを訪ねてきた。駐太の僕に命を吹き込んで下さいと時間をかけて説得してくれた。僕に命を吹き込むことによって、駐車場の少ないこの近辺では、車を運転する人がまず助かる。次にお母さんには、お小遣い程度のものが入ってくる。同時にあのセールスマン風の男の勤める会社も潤う。その事でその男も安定した給料が貰えると言う四者がハッピーになる構図に、お母さんの心が動いたのだ。そんな訳で僕駐太の誕生となった。

 最初に僕の所に乗り込んで来たのは、有閑マダムっぽい人だった。車はグリーンのジャガーだが、まったく運転が下手。バックで所定の位置に入れるのに、車止めにタイヤをゴツゴツ当てながらやっとのおもいで止まった。3月の初旬と言うのに、額に汗いっぱいだった。「まあ、ご無事で何よりでした」と僕は心の中でつぶやいて見送った。
 次に入って来た人はモデルだろうか、スマートな女性。170㎝はありそうな体を、大人のゴーカートと言われているミニに窮屈そうに詰め込んでやって来た。サングラスを頭の上にかけ、爪は赤くて長く、さらさらのロングヘヤーを自慢げにくゆらせながら、車から降りて来た時の足の長い事。白いパンツが真赤な車に映えていた。
 三番目に入って来たのは地味なおばさんだった。車も今はやりのハイブリットカーでオフホワイト。静かに音もなく綺麗に止めた。桃の花と黄色の菜の花を無造作に抱えながら降りてきた。お花の先生かな?

 四年たった今も、あの有閑マダムはちっとも運転が上手くなっていない。「もう少しバックの練習をしたら」と思わずつぶやいてしまう。モデル風の彼女は最近見かけなくなってしまった。会えるのが楽しみだったのに。引っ越しでもしたのだろうか。お花のおばさんは、大きな花束をいくつも抱えて今もやって来る。一分の隙もない様子には、ちょっと距離をおいてしまう僕だ。

 一つの命から、色んな人間模様が展開された。あのセールスマン風の男のやった事は、大きな波紋となって今も広げ続けている。出入りする人々に「今日もご無事で」と、僕は感謝している。母さんも静かに流れるコーヒータイムを楽しみながら感謝している事だろう。

-fin-

2012.11.1

【課題】 駐車場

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