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夫々の帰り道

 3度目のデートで勝太(しょうた)と美麗(みれい)は雲居(くもい)の空を眺めながら小高い丘の草村に横たわっていた。
 水道工事夫の勝太25歳。美容専門学校に通う美麗19歳。二人は先月合コンで知り合った。舞台映えする様な顔立ちの派手な美麗に目を奪われたが〈いやいや、僕みたいな田舎者が〉と、自制しながら座る席も意識して離れた。
 通りがかりに、美麗が勝太を呼び止めた。田舎育ちの勝太には眩しい存在の美麗だったが、呼び止められるとそこは男。鼻の下を長くしてしまってデートまでする様になったのだ。
日頃、寡黙な勝太は、〈映画にすれば良かった〉と思った。このデート先はかなり難易度の高い場所を選んでしまったと後悔した。映画なら黙っていても時間は流れてくれる。しかしこの丘では話のつぎ穂が、見い出せないまま、息苦しくなって来ていた。
長い沈黙を破って美麗は
「今何考えているの?」と聞いて来る。
「あっこに浮かんでいる2つの雲、幼い時のじいちゃんと僕の様にみえるなぁと思っていたんだ」
「へえ~。じいちゃんと遊んだんだ」
「そう、よく遊んでくれたよ。川へ魚釣りに行ったりしたね。魚が釣れなくなると、いつも言っていた。人を騙す事は出来ても、自分を騙す事は出来ないからな」と。
「ふうん」
「その時は、何の事か分からなかった」と、勝太。
「どういう事?」
「正直に生きろって、事だろうな」と勝太。
「君は何を考えていたの?」
「私はね、白馬に乗った王子様が来て、ひょいと私を横がかえにして、ほら、あの雲そんな風に見えない?」
「成程なぁ」と勝太は、現実の世界に引き戻されるのだった。左手の小指がかすかに美麗の手に触れたが、思わずひっこめる勝太だった。可愛がってくれたじいちゃんとの世界に、もう少し浸っていたかった。
 美麗は『さっきは指に触れたのに』とみると、勝太の手は腕組みをして脇の中にあった。
 美麗は急に「お腹空かない?」と言った。
「街へ降りて行って〝とんかつ〟でも食べるか」と二人は立ち上がり、服についた草を払いながら歩きだした。
 勝太は、映画にしなくて良かったと思った。雲を見て、息苦しい時間があったから、〈美麗は、やっぱり僕とは住む世界が違う!〉と、自分を取り戻せた様に思った。
 一方美麗は〈結婚するのは、彼の様に、真面目な人が良いのかも知れないが、やっぱり退屈~~〉と、早く美味しい〝とんかつ〟を食べて別れたいと思うのだった。
 早くも夕陽が二人に長い影を見せていた。

-fin-

2016.8.1

【課題】 絵ハガキを見て

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