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薙刀にやっつけられたドリームキラー

 10歳も年下の友人から電話がかかってきた。どうやら、核心は薙刀を習おうかどうしようと言う事の相談の様だった。60歳も過ぎて初めての事に挑戦するのは、少々勇気がいる事で、誰かに背中を押して欲しかったのだろう。
 私も思い返せば60歳を越えてから絵を習い始めた。それは本当にひょんな事からだった。お世話になっている弁護士さんの、絵の個展へ、お花を持ってお祝いに出かけた時の事だ。そこには、一見バンガラ風に見える弁護士さんからは想像もつかぬ程の、清々しい清潔感のある絵がずらりと並んでいた。インクを流した様な鮮やかな蒼い海。侘びサビを感じさせる京都の竹藪の緑。優しく繊細感のある絵は、私を虜にした。そして心底絵の描ける人は羨ましいと思ったものだ。そしてその弁護士さんに憧れた。親と子が戯れる浜辺の波は、夕焼けでキラキラ輝き、彼等のシルエットが浮き出ている絵の前で、私は暫く見惚れていた。すると弁護士の奥さんが、私の傍に来られて、
「宜しかったら、お遊びにお越しください。主人は絵を開く事がとても好きで、どんなに遅く帰ってきても、必ず絵筆を握るのですよ」と言って下さったのがご縁で、その弁護士さんに、翌月から絵を習う事になった。
自分には、絵なんて絶対に掛けないものと思い込んでいたものだから、曲がりなりにも1枚かけた時の嬉しさは、お金等に変えられるものではなかった。調子に乗って1枚又1枚と意欲が湧き、一人遊び出来るおもちゃを天から授かったような気分になったものだ。私は電話に向かって「思い発ったが吉日よ!」と大きな声を出していた。自分を振り返り、いくつかの足跡を見つめながら自信を持って、薙刀の教室へ、行くべきと押し進めた。彼女は「そうね、やっぱり習うわ!実は80歳になる薙刀の先生に憧れたのよ。普通なら、おばあちゃんなのに、物凄く格好ええのよ!」
結構弾んだ声で、電話は切られた。
 今思えば、あの絵を習おうと言う勇気が、いくつ何十になっても、まだまだ自分の知らない種や芽が、自分の中に潜んでいる事を自覚出来た私の折り返し地点だったのかも知れない。彼女からの電話は、私に「今が一番若い!」を想い出させてくれた。
 そう私も70歳代に自分の中には到底ないだろうと思われる、何か思いもかけないものに出遭いたいと強く思った。
「もう遅いぞ!遅いぞ!」とドリームキラーが邪魔をしに来る中で「そこどけ!そこどけ!今が一番若いのだ!」と今日も朝日を浴びて、太陽に手を合わせた。

-fin-

2011.11.4

【課題】 ターニングポイント

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