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一期一会

 ナンパと言うと60年も前の私の10代の頃は、スキがあるから声をかけられるのだとか言われたものだ。引っ込み思案の若者が多い時代でもあった。ナンパで知り合った人が例え良い人であっても、ナンパと言う出会い方が歓迎されなかった。親にも友達にも親戚にも堂々と紹介しにくい風潮だった。
 昔から大柄な私は、決して男好きのする様なタイプでない事を重々自覚していたから、幸いにもナンパもされなく、ペーパードライバーのゴールド免許のような感があった。

 50歳頃の体験を話そう。仕事で高崎に出張する途中、上野での出来事だ。早く着き過ぎるので、上野の街で映画を見て時間調整をしたのだ。映画館から出て来て信号待ちをしていると、すぅ~と後ろ斜めから60歳位の男性が近寄って来て声をかけられた。
「映画面白かったですか?」私はどきっとした。映画館からつけて来ていたのかしら? と不気味さが増した。知らん顔して、アメヤ横丁の雑踏の中へ紛れ混んだ。師走でかなり混雑していた。しばらくして振り返るとまだ付いて来ている。心臓がドキッと言う音を立てた様に感じた。
 まずいと思って、ゴルフショップに入りクラブを買う様な素振りで時間を潰していた。その男が又入って来た。わぁ! どうしようと思って、すぐさまその店を出た。
 うどん店に入った。お昼時だったので混んでいた。数分レジの前で待たされた。相席でお願いしますと言われて、女性客のテーブルに通された。ふと振り返ると5~6人後ろにあの男が又いる! わぁこれは危ないと思って食べずに店を出た。
 もう列車に乗って目的地に行くしかないと思って、急ぎ足で上野駅にたどり着いた。時刻表を見ていると、まだ付いて来るのだ!
 恐ろしくなった。列車の中まで付いて来られたらどうしよう、胸が鷲掴みされる様な苦しさが押し寄せた。若くもないこんな私をなんで付けるの? むしろ列車の中の方が助けを求められるかもと、私の脳は目まぐるしく回転した。
 足早に改札口を入り振り返ると、いつの間にか居なくなっていた。電車賃まで払っては追い駆けなかったのだろう。

 チャラい男ではなかった。暗いイメージの風采の上がらない男に声を掛けられた事自体が汚(けが)らわしくて腹が立つ。
 例えば道を尋ねると言う上手な近寄り方をしたなら「ナンパも一期一会」と言う浄化されたものになるのかも知れない。
 私達の頃は断られる事や、容易(たやす)くなびいたと言う恥を知っていた。今の若者は一体どんな風にナンパを受け止めているのだろうか?

-fin-

2016.2.29

【課題】 声をかけるor声をかけられた。

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