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好奇心の威力

 〈うわ~ 綺麗な色が一杯! 何のお店かしら?〉。私は迷わず中に入って行った。私にわかる物はショーケースの中のゴーグルだけだった。壁には海底の美しいポスターが貼ってある。〈なんて深いブルーの世界なんだろう!〉と思って見入っていた。そこはダイバーショップだったのだ。
「素敵な写真でしょう」と、店番の女性が話しかけてきた。
「そうね、見惚れていました」
「海に潜ってみませんか?」
「へぇ? とんでもありません。私泳げないんですもの」
「今は器材が良くなっているから、泳げなくても機材が潜らせてくれるんですよ。私も泳げないのですが潜るんです」
「そんなことできるんですか?」
「そう。4日間の講習でライセンスが取れるんです」という。話の不思議さに興味を持って、ライセンスを取ることになった。
 今から25年前の私53歳、仕事の一線でバリバリ日本中を飛び回っていた頃だった。

 最終日の4日目の講習は、深さ2mのプールで潜るのだ。あの店に誘い込まれたカラフルなウエットスーツを着て深い所に潜る恐怖感が襲った。プールの縁から飛び込めない。
「絶対に沈まないから大丈夫」といわれても足がすくむ。すると先生は、ウエットスーツをプールの中に投げ入れた。スーツはプカプカ浮かんでいる。
「ほら浮袋を身に付けている様なものだから絶対に沈まない。安心して飛び込んで下さい」と、いわれて初めて飛び込む気になった。
その後沖縄の海へダイビング旅行することになった。八重山群島のヨナラ水道は〈マンタ〉という〈エイ〉を見ることができる世界最大のダイビングスポットだ。
畳2畳くらいの大きな〈マンタ〉がゆっくりと頭の上を泳いでゆく。ダイバーたちは〈マンタを見る〉とは言わない。〈マンタに出会った〉というのだ。
世界中の海を知るダイバー達が沖縄の海が一番きれいというだけあって、金魚色の赤に黒の模様のある〈ヤッコ〉、黄色に黒の水玉模様の〈ミナミハコフグ〉、コバルトブルーと黄色の〈スズメダイ〉等が、手に持っているソーセージに群がって来る。まるで竜宮城のようだ。

ある人に、【スクーバ―ダイビングは経営者のするスポーツではない】と、戒められた。
 一つ間違えば死と隣り合わせ。泳げない私には危険度が大きい。それ以来潜ってはいない。でも好奇心のお陰で知らない世界を知ったのは、大きな儲けものだった。

-fin-

2016.12.28

【課題】 初体験

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