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刻(きざむ)

 4月1日は私が結婚した当時から嘘をついても許される日と認知されていた。2018年の現在(いま)から56年前のその日は仏滅の日でもあった。まだその時代は仏滅を結婚式に使うのを忌み嫌っていた。でも来て下さるお客様の事を考え、どうしても日曜日にしたかったのだ。結婚式の招待状を見た人達は仏滅のエイプリルフールになっていたので〈冗談?〉、と問い合わせてきた人もあった位だ。
 この結婚が良かったのかはずれだったのかは定かではないが、56年も持ったという事は、まずはよい事だったとしよう。
 今年は私も傘寿(さんじゅ)と言う80歳を迎える年になってしまった。後、何年生きられるか分からなので、健康な内に「生前葬」をやってみるのも良いかと思い付き、長年やり続けているシャンソンのリサイタルを「生前葬」まがいにする事にした。
 私の歌だけで2時間持たすのは無理があるので、友人のピアニストに友情出演をお願いした。そのピアニストは弓張(ゆみはり)美季(みき)さんと言ってヨーロッパでは有名だ。ドイツに住んでいるため日本への来日に合わせて日程を決める事にした。すると偶然にも4月1日になってしまったのだ。北海道の友人や、仙台、関東、名古屋、四国、広島もと考えると利便性の高い新神戸駅前の新神戸オリエンタル劇場しか思いつかなかった。
 600人も入る劇場だったが、500人の人が来て下さり、よくもまあ、足を運んでくださったものだと今更ながら頭が下がる。友情の声援に囲まれて無事終える事が出来た。なんと幸せ者だろうと感慨無量だった。
 初めて舞台に立った時のバンドの人達に演奏をお願いしたかった。30年も前からのお付き合いで、どうしてもこの人達のピアノ、ベェース、ドラム、アコーディオンでやりたかった。彼等も快く演奏を引き受けてくれた。
 今までの趣味の集大成という事で、劇場のロビーには絵と書道の展示も兼ねた。物忘れがひどくなっているので15曲も歌うのは、歌詞が飛んでしまうかもわからないし、大恥を書く事を覚悟の上での、大きな冒険だった。曲がりなりにもやり終えて、ほっとした。
「80歳にして、ようやりはった」と、言って下さる方々が多く、若い人からも「元気をもらった、楽しかった」と、言う感想を頂いて〈まあ、やって良かったのかなあ〉と、胸を撫でおろしている所だ。
 その新神戸オリエンタル劇場が、今年いっぱいで閉館になると言う記事を先ほど知った。
全然知らなかった話だが、何もかもが偶然の出来事だった。勇気を出して80年間の生きて来た印(しるし)を、刻印できたことが私には大きな記念の年になった。
「声援して下さった方、本当に有難う!」

-fin-

2018.12.1

【課題】 私の今年の漢字一文字

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