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眠れない夜

 「ちょっと見てみ見て」と霧子は、お母さんを手招いて、スマホでジャンボ宝籤の当選番号を見ている。
 「お母さん。チョット見て、これって間違いないよね?」とスマホの画面と宝籤を見せる。
 「これって、間違いないよね? 当たっているよね?」と、母に何度も促す。5億円が当たっているのだった。二人はお互いのほっぺたを捻り合って、抱き合って子供の様にぴょんぴょん部屋中を飛び跳ねた。
 OLの霧子は35歳。母一人の手で育てられたが、卑屈な所はなくとても明るい。マイナスもプラスに変える技を身に付けている親孝行な娘だった。これでやっと親孝行ができるとその夜は興奮して眠れなかった。一旦仏壇にお供えしたものの、家に置いて出かけるのも、泥棒に入られてはと不安になり、結局その当たり籤を会社に持ってゆく事にしたのだ。昨夜の事は口にチャックで、不自然な無言の霧子に同僚の蘭子は体調でも悪いのと訊ねて来た位だった。
 連日の残業続きで疲れていた霧子は、もうすでに気が大きくなっていて今日は外食して帰ろうと、一人ステーキ屋に入った。
何時もより少し奮発した料理をオーダーした。
 頭の中は、母と温泉旅行に来ている、宝石店で指輪を選んでいる、エステでマッサージをして貰っている、母とモデルハウスを見に行っている所のシーンが繰り広げられて、肉の味は感じられないままに食べ終わった。
 トイレで見繕いをして帰ろうと個室に入り用をたした。かけていたトートバッグがひょんなはずみでフックから外れて中の物が床に散らばった。その時あの大事な当たり籤がひらひらと便器の中に落ちてしまった。霧子はどうしようと慌てた。
 手で拾うしか仕方がないと勇気を出した時、何故か自動洗水が動き出したのだ。
あっと言う間の出来事だった。トイレの神様が出て来て、半ベソの霧子に尋ねた
 「何をオ・ト・シ・タのだ?」
 「……」
 「まだ、はやすぎるな」と、神は言う。霧子は余りの脱落感で声も出なかった。どのようにして家に帰ったか覚えていない。母に報告する前に自分の中で必死に自分を納得させていた。母がいつも言う様に
 「一升ますには一升しか入らないのだわ」と。
「そんな大金を持ったならキット身を亡ぼすだろうからこれで良かったのだ」と。
 しかしその夜は、残念で残念で、まんじりとも出来なかった。

-fin-

2018.11.1

【課題】 金の斧バージョン

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