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幻のサンタクローズ

 「書留です。印鑑をお願いします」
ドアーを開けると、サンタクルーズの姿で、郵便屋さんが立っていた。誰からだろうと怪訝に思いながら受け取ったその字は、見覚えのある彼の字だった。
 こんな薄っぺらな手切れ金!私の価値はこんな物だったのか? 梓は屈辱と男を見る眼のなさの悔しさが、ない交ぜになって気が付くと、大阪から遠い、とっぷり暮れた空気までが暗い感じのする、東北訛りの聞こえるこの地を彷徨っていた。どの様に切符を買ったのかも思い出せない。丁度クリスマスイヴの夜だった。
 この街には、都会のあのクリスマスの華やいだ空気のないのが、梓には有り難たかった。梓は暗い方へ暗い方へと歩んで行った。すると一つの灯りがぼんやり見えだして来た。暗い闇を好んでいる筈なのに、その灯りに吸い込まれて行く自分を不思議に思った。
 そこは小さな、小さな教会だった。ミサも終わったのか人気のない教会は、梓を暖かく受け入れてくれる様に思えた。しばらく椅子に座っていると、年老いた牧師らしき人が近づいてきて「どうされました?」と訊ねてくれた。
「ハイ、すみません。歩いているとここにたどり着きました。少し体を温めさせて下さい」
「いいですよ。ゆっくりなさって下さい」と奥から毛布を持って来て下さった。梓は体が暖かくなると言うより、心がぽーと温かくなる思いで幸せを感じた。
「どうされました? ご事情がある様ですね」
梓は生温かい涙が頬を伝わるのをぬぐう事もせず、牧師の顔を見上げた。
「私と一緒に、お祈りしましょう」とやさしく梓の隣に座り祭壇に向かって十字を切った。梓も手を合わせ、しばらく静かな時間が流れた。
 その時梓に天上の方から
「今あなたは幸せですか?」と言う男とも女とも判別出来ない声が聞こえて来た様に感じた。眼をつむったまま、梓は
「ハイ、今この時点で幸せです」と答えたと言うより、そう思ったのだった。
 それからは連想ゲームの様に梓の頭は回転し出した。そうだ生きているからこそ今この一点でも幸せと思えるのだ。死んでしまえば、こんな温かさも味わえない、この牧師さんにも逢えなかったのだ。そうだこの点を幾つも作って、それを線に繋いで行けば、その内小さくとも面が出来るのだと梓の心の中に光明が差して来た。
ほんの少し前まで死ぬことばかり考えていて死に場所を求めてここまで来たのだ。でもまだ死ぬ勇気が湧いてこなかったのだ。あのサンタクローズは幻だったのかしら?
 あの現金封筒を受け取った時、封を開ける事もせず、中身が読み取れた梓は、それをハンドバッグに入れたままこの見知らぬ街まで来ていたのだった。

-fin-

2011.10.3

【課題】 現金書留に関して

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