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籠に乗る人それを担ぐ人、そのまた草履を作る人

 ご近所で疎(うと)まれている宮川さんは60歳。別名〝放送局〟とも言われている。隣に住む愛は40歳の専業主婦。ゴミ出しで宮川女史によく捉(つかま)る。今日は向かいに住む安大臣(あんだいじん)の事だった。
「昨日のテレビ中継で又安さんが質問攻めだったよ」と、耳打ちされた。愛は「どちらが悪いのかは、凡人の私にはわからないわ」と、聞き流した。
「あんなにまで責め立てられても、大臣っていう仕事はうまみがあるのだね」と、宮川女史に言われてみると〈そうなのかな?〉と思うと同時に、〈私たち傍観者は気楽だなぁ〉と思ってしまう。
 私だったら、とても耐えられない。胃がキリキリしてきっと早死にしてしまうだろう。よほど面(つら)の皮の厚い心臓に毛が生えた人でないと務まらない職業だと感心する。質問の内容は事前に知らされ、準備は出来ているようだ。おそらく数人で『密談』が執り行われてまずいことには、「記憶にございません」と、なるのだろうか? 大の紳士が、「子供の使い」のような答弁しかできない状況を見るにつけ、苛立ち、恥ずかしさ、同情、憐みを感じてしまう。
 そんな思いをしてまで大臣を務めたいというのは、宮川女史が言う様に嫌な思いの数倍、数十倍の美味しい話が潜んでいるのだろうなと思ってしまう。
 女房、子供がいる男がテレビの中で、おろおろしている様子や、おたおたしている姿は、家族や親戚には耐えがたいことではなかろうか。そんなことを考えると、それでもその職を選ぶという裏には一般人には考えられないほどの、うまみがありそうだ。
 選挙時には町、村の隅々みまで出かけて行き、へいこらへいこら誰かれなしに頭を下げて、握手をしてまわり当選した後(あと)は四六時中(しろくじちゅう)、人の目に晒されて自由のない生活が待っているのに。

『密談』とは、一体どんな具合に行われるのだろうか? 『料亭』の閉ざされた部屋で、額を寄せ合わせて長談義するのか? 『会議室』の密室で、密かに下相談(したそうだん)をするのか? 『立ち話』で、ひそひそと耳打ちをするのだろうかと、想像を巡らせてしまう愛だった。
 でもそんな人もいなくてはこの夜中成り立たないのだから。

『籠に乗る人担ぐ人、そのまた草履を作る人』の如く。

-fin-

2017.6.1

【課題】 密談

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