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騙されるものか

 又、あのむし暑い夏がやって来るのだなあと、思いながら、私はこの夏どこへ逃避しようかと、旅行雑誌を眺めていた。ブーゲンビリアや胡蝶蘭のピンクの花々のページをめくると、バリ島の鬱蒼とした緑に囲まれた、何とも神秘的な写真が飛び込んで来た。癒し系のエステとか、いかにもロマンチックなコテージ風ホテルに、ついつい旅心を駆り立てられた。美人達に迎えられて、南国の果物に舌鼓を打ち、椰子の木陰のガゼボ(西洋風あずまや、屋根と柱だけで造られた装飾的な小さな建物)で、如何にも気持ち良さそうに横たわる女性。それは屋外でエステをしているのだ。背中に、温められた黒い石をいくつか載せている風景は、とても気持ち良さそうでリッチな気分にさせられた。次のページには、薔薇の花びらが、いっぱい浮かぶバスタブ。セレブ気分を味わう天蓋付きベッドや、碧い海を望むメインダイニングも、なかなかのものだ。その写真は実物の数倍美しく、広く見えて、少々古い建物であっても、まるで新しい物の様に、見えるから不思議だ。

 10年ほど前、私はグラビア写真に、誘い込まれる様にしてバリ島に行った。するとそこには大きな落とし穴があった事を想い出す。写真とか絵の世界には、その場の匂いとか、涼しさとか、じめじめした暑さや、息の詰まるような息苦しさ、それに砂ぼこりがする様な埃っぽさ等は、表れていない。
 1月生まれの私は暑い事がとても嫌だ。特に日本の湿度のある蒸し暑さは我慢できない。まだ寒い方は、身体を動かすとか、重ね着をするとか手の施し様がある。しかし暑い方は、裸になってもそれ以上はぎ取る事も出来ず、その辛さは耐え難い。
 アジア系の暑い国は、部屋をガンガンに冷やして、客を迎える事がサービスだと思っているらしく、まるで冷蔵庫に入った様な寒さに、驚いた事があった。「あんた達は適度と言う事を知らんのか!」と言いたくなる様な寒さを経験したものだ。 
 それは確か、コテージ風のホテルだったので、フロントに出向いて行く際、カートに乗って行くものの、その2〜3分の間にも、じわっ~と、汗が滲んで来た。少々お洒落をして、夕食に出掛け様としていたが、もうホテルを出る前に、あのいやな汗が、じわっと脇の下や、首筋ににじんで来るのだ。頭から、したたり落ちて来た汗が、化粧を崩して行くのが解る。不快だ。実に不快だ! そして着いたレストランでは、又寒い位に冷房を効かせている。日本人の様な、きめ細やかなサービス精神を、早く身につけて欲しいものだと、痛切に感じた。

 一方ハワイ等も、暑い国だが、カラッとしていて、木陰に入ると爽やかな風が、気持ち良い。でもバリ島は違う。絶対に違う。あれ以来、写真に騙されない様、用心深くなってしまった。
 しかしオーシャンビューのホテルや、インクを流した様な碧い海と空の写真は、今日も又、私を手招き、つい行ってみようかと思いそうになるが、いやいやもう「絶対に騙されないぞ!」と、音を立ててページを閉じた。

-fin-

2010.7.8

【課題】 触角感触

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