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悠久のタネ

 早くに父を亡くし、勝気な母は貪欲に男性の中をのし上がってきた現役の弁護士55歳。留守がちなそんな母を持つ叶(かな)は祖母の敏江に育てられた。良妻賢母型の祖母は、叶を何処に出しても恥ずかしくない娘に育て上げた。それは敏江にとって自慢と誇りであった。
 しかし叶はOLをしているものの、母を鏡にして、母の様に出来ない自分を、だめな娘だと自信が持てなかった。

 5月の子供の日。祖母の敏江は、緑の豆ご飯と、好物のから揚げ、伊達巻を用意してくれた。
「わあ! おばあちゃん、やっぱり叶の事よう解っているわ。伊達巻そろそろ食べたいと思っていたの」と、久しぶりに見る笑顔だった。
「叶、このえんどう豆はね、お前が生まれた年に取れた豆を、去年の秋蒔いて出来たものだよ」と、隣の部屋から壜に入った干からびた種を持って来た。
「おばあちゃん、なんだかこの頃庭いじりを始めたなあと、思っていたのよ」と、しみじみその壜を眺めて振ってみた。カラカラという音が耳に心地よかった。敏江は続けて言った。
「このタネはね、エジプトのツタンカーメン時代のタネを、富山県の高校の先生が、校庭に植えて出来たエンドウ豆の種。それを順繰りにリレーされて、おばあちゃんの所に届いた物なんだよ」
「おばあちゃん、そんなタネまだ持っていたの?」
「おばあちゃんはね、母さんが生まれた時も、叶が生まれた時もその年のタネを壜につめて置いていたんだよ」
「何のために?」
「誰でも、人生で落ち込む時があるだろう? そんな時このエンドウ豆を見せて、元気付けてあげようと思ってね」
「ふうん………」
「叶(かな)も、最近元気ないものね。タネって言うものはね、この様に何千年経っても、土と空気と水と太陽があれば、新しい芽を吹き出すんだよ」
「この豆さんにも、お母さんもおばあちゃんも曾(ひい)ばあちゃんもいたんだね」
「そうだよ。だから叶も、もっと自信を持って暮らしなさい。色んなタネがお前の中で、何時芽を出そうかと待っているんだよ」
 祖母敏江は、叶の心の中をお見通しだったんだ。

-fin-

2014.1.31

【課題】 自分の生まれた年の壜ずめ等

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