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嘆きのセレナーデ

 兵庫県に難しいコースで有名なHゴルフ倶楽部がある。そこの名物ホールには、フェアウエイ(*)のど真ん中に3本の樫(かし)の樹が丁度正三角形の位置に立っている。プレイヤーに取ってその樹が実に行く手の邪魔な存在なのだ。

 3本の樫の樹に、もしも言葉が話せるなら、人の耳に聞こえないものの、こんな会話をしているのではないかと想像してしまう。
『僕等を人間様達は嫌っている様だ。どうやら彼等は僕等を邪魔男君たちと呼んでいるらしい。酷い人は「鋸を持って来て切ってやろうか」等と言う奴らもいて、僕等3兄弟は肝を冷やす』と、こんな具合だろうか。

 3本の樫の樹がこの地に植えられて、10年になる。その間、木々はお互いを支え合うかの様に、大きな樹は陰を作って夏の太陽から小さい木を守って来た。寒い冬には、丸坊主になりながらも、太い幹を膨らませ、根強くこの地に馴染んで来たのだ。
 きっと時にはプレイヤー達に言いたかったことだろう。
「僕等に向かって打って来るなよ」
「お前さんはかなり、ゴルフに時間を割いているね。仕事はお留守になっていないのかい?」
「もうちょっと練習して出直しておいで」と。

 ある日、このフェアウエイ
(*)に突然ブルトウーザーが入って来た。
 3本の樫の木の内、一番若くて元気な木だけ残す事になったらしい。
 木々の声を代弁するなら、
「俺達が何を悪い事したって言うんだ?」
「下手な奴らが、自分の怠慢を棚に上げて、僕たち3兄弟を切り離そうと言うのだ」
 ブルトウーザーの動くさまが、離れた所にいた私の目にも飛び込んできた。
 長らく親しんできた樫(かし)の木3兄弟の声が聞こえて来る様だ。
 長兄は「おい。弟達よ、嘆くな! 10年間だけでも一緒に過ごせたのだから」
 二番目の兄は「弟よ、大丈夫か? 一人ぼっちになって寂しくなるが、もう太陽にも風にも強くなっている立派な大人だ。ここを名物コースとして守り抜け!」
 残される弟は「兄さん達、元気でな! どこへ連れて行かれるのか知らないけれど風さんに便りを委ねるからね」と、別れを惜しんだのだろうか。
 そして樫の木3兄弟は「人間達は勝手なものさ。いくらお客様が大事だからと言っても、一言の断りや労いもない。礼儀知らづも、はなはだしいものだ」自分勝手な人間どもを憂いながら、凛と空を見上げている様に、私の目には映っていた。


*フェアウエイは、芝が綺麗にかりこまれていて所謂正道、それに対してラフは草ぼうぼうで、ボールが打ちづらい所。

-fin-

2013.11.1

【課題】 動かない物に焦点を合わせる

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