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うちの祖母(ばあ)さん世界ぐるぐる

 目覚めるとカーテンの隙間から、朝日が差している。「ここは、どこ?」愛子は目をキョロキョロさせる。ヨッコラショとベッドから降り、カーテンを開ける。外は真っ蒼な海。眩い位の太陽に向かって手を合わせ「昨日は無事過ごさせて頂き有難う御座います。両手両足の菩薩様、脳血液眼耳鼻舌身意(げんじびぜつしんい)の菩薩様ありがとうございます」と3回唱えて顔を洗う。もうすぐニューヨークの港に着く。神戸港を出て56日目の朝、豪華客船飛鳥Ⅱの一室である。
 愛子は現在97歳。80歳で現役を離れるまでは、美容界で活躍していた。今から70年前はまだ日本でも働く女性は珍しかった。愛子は髪結いの弟子に入り厳しい師匠に鍛え上げられた。お蔭で、世間からも一目置かれるようになり、若手を育てるため美容学校を立ち上げた。手広く全国に美容師を育てて来た美容界のドンである。

 2人の子供は外国で活躍し、日本の学校は優秀な弟子に継がせている。そんな訳で、優雅な船上暮らしを始めて3年目になる。約120日の世界一周を、船を乗り換え一年に3回繰り返しているのだ。
 特に日本国籍の飛鳥Ⅱをこよなく愛している。日本語が通じる事、日本食が豊富な事、トイレにウォッシュレットが設備されている事等が彼女の決め手だ。ツインベッドルームを一人で使うと世界一周は約1500万円もかかるのだが、がむしゃらに働き続けてきた愛子に、それは贅沢でもなく、お疲れ様ご褒美であった。
 一人住まいの彼女は、家族に心配をかけるよりも、何より安心な船上生活を選んだ。
 毎日映画、ミュージカル、ダンスパーティーがあり、ブリッジや麻雀も出来る。ショッピングもエステも楽しめる。寄港地に降りツアーに参加する事も出来る。時には部屋で絵や書道をし、一人遊びの好きな愛子は、退屈する事がない。何より医者が常駐している事は安心に繋がる。
 疲れた日は車いすで過ごす。身内よりずっと親切にされ、今や「船上の主」である。
 カナダ、ホノルルに住む子供達も七〇歳を越える様になり、それぞれの生活を満喫している。世界一周の途中に立ち寄る事は、孫達にも新鮮に映り大事にして貰える。

 今しがたホノルルを出港した船を見送ったのは二男の耕平と妻の信子だ。
「お義母さん、船上で死んだらどうするのかしら?」と信子が心配すれば、耕平は、
「船上埋葬されるので葬式の必要もない。何より子供、孫孝行ではないだろうか。これがうちの祖母(ばば)さんだよ」と笑った。

-fin-

2013.10.1

【課題】 回遊する物、渡り鳥、飛行機など

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